施 設 名:百済寺跡公園 ・ 百済王神社
所 在 地:大阪府枚方市中宮西之町1−68
・百済王寺
7世紀中頃の朝鮮半島は、高句麗、百済、新羅の三国が覇権を争っていました。
このうち百済は660年に唐・新羅連合軍に滅ぼされます。
当時、百済の友好国、倭(日本)に派遣されていた王子・禅広は帰るべき国を失い、
664年に朝廷から難波(大阪)での永住を許され、後に「百済王」姓を与えられました。
8世紀後半に百済王の末裔である百済王氏(くだらのこにきしし)が、
難波からこの地に移り、一族の氏寺として建立した寺跡と考えられています。
昭和16年に国の史跡に指定され、昭和27年3月に特別史跡となりました。
府下で大坂城跡とならぶ特別史跡でありながら、
老松や雑木が繁って立ち入る人もなく、熊笹の合間に礎石が見られる荒廃ぶりでしたが、
全国でも初めての史跡公園として、昭和41年から2年間かけて市民の憩いの広場に整備されました。
※10年に及ぶ発掘調査が終了し、平成30年度の完成を目指し、再整備中。
整備期間中も公園として利用できます。
・百済王神社
百済寺跡地の西側に隣接してる、百済王氏の祖霊を祭る神社です。
数度の火災により百済寺・百済王神社は次第に衰退した。
後に奈良の興福寺の支配下に入り、再興が図られた。
現在の本殿は、興福寺と関係が深い春日大社の本殿を移築したものである。
■広報ひらかた(https://www.city.hirakata.osaka.jp/files/201509html/1509/02.html#top)
■枚方市HP百済寺跡公園(http://www.city.hirakata.osaka.jp/soshiki/kouen/kudaraziato-kouen.html)
■百済王神社